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石原友明オーラル・ヒストリー 2008年10月15日

京都市立芸術大学油画研究室にて
インタヴュアー:池上司、牧口千夏
書き起こし:長岡朋恵
公開日:2012年1月9日
 

池上:前回いろいろお伺いした続きといいますか…… 最初に、お伺いできてない作品のシリーズあたりの話を資料を見ながらお伺いしたいと思います。前回は舟形のカンヴァスにセルフポートレイトで描いた作品、そして彫刻についての《I.S.M.》のシリーズについてお伺いしたんですけども。今日は点字の作品ですね、こちらの作品について、いろいろお伺いできればと思いますけれども。まず、最初につくられたのはいつぐらいでしたかね。

石原: この手の作品を最初につくったのは、たぶん1993年くらいですね、93年だったと思います。はい、つくり始めたのはそのくらいですね。で、実際発表したのは、もうしばらく後になります。

池上:クラヌキ(ギャラリーKURANUKI)の時ですね。

石原:そうです、クラヌキの展覧会ですね。

池上:それまでは、あの皮の巨大な彫刻とかをおつくりになっていて、今度は点字―絵画のようなかたちなんですけれども、点字が描いてあるというような…… こういった作品にパッと変わられて、当時、観客としては唐突な印象があったんじゃないかと思うんですけれども。(笑)

石原:そうですね。(笑)

池上:そもそもの動機といいますか、どういったことを考えておられたんでしょうか。

石原:点字の作品に関してはですね、その前に《文化住宅―去勢》(1993年)という温室型の作品があって、中でレクチャー―レクチャーというかまあ対談―をしたりするものとか、中に彫刻が詰まっているものとかがあったりもするんですけれども。 まあそういうものが、ある種のその、自然(対)文化みたいな関係を考えていく中での−−自然というか「ネイチャー」(nature)と「カルチャー」(culture)みたいなものなんですけども……そういうふうなものについて、ちょっといろいろ考えていく中で、かたちにしていったもの、−−まあ直接的にそれがコンセプトとして伝わるかどうかは別にして−−そういう作品をつくっていたんですけれども。

池上:ちょっと前後しますが、その文化住宅プロジェクトですね、いろいろ中に実際入って、パフォーマンスといいますか、そういったことをされたりとか、あるいはぬいぐるみですかね。

石原:そうですね。

池上:そういったものが詰まっていたりですとか。文化住宅というのは文字通り「文化住宅」ですかね。最近はもうないですけど。

石原:ええ。そうですね。「文化住宅」という言葉は、関西の言葉というふうにも聞くんですけども、関西である時期―僕がそれも少年時代ですね―昭和30年代40年代頃に、よくいろんなものに「文化」という文字が付いてたんですよ。「文化鍋」とか「文化包丁」とか。

池上・牧口:「文化包丁」はよく聞く。

石原:何か伝統的なものとちょっと違う、新しい大量生産のスタイルを持った高度成長期のモノのことを、なぜか「文化」ってみんな付けたんですよね。それで、美術とかをやっていて、ある種のその、まあ「culture」というものに関わっている中で、その当時の文化の捉え方みたいなものが、―まあ単に言葉として使ってるだけなんですけど―面白く思えて、で、まさしく「文化の住宅」というのが「美術館」の別の言い換えのような言葉に聞こえたので。それで「文化」「自然」というような関係で考えてまして。その時に《文化住宅―去勢》っていうタイトルの付いている作品というのは、家の中、まさしく家の中が文化的な状況で、家の外側に自然があって、自然と家の中を別ものとしての家がある。家庭とか、安全で暖かくて食べるものがあって、寝る所になっているという、そういうのがある種の文化的な生活としてあってですね。それで、自然と別ものとしての壁と屋根ということで、雨を防いだり、風を防いだりっていうような。そういうものが人間の皮膚というか―この前、自分の体とか革の作品でやっていた、ある種の境界とか、そういうものと―それを今度は文化住宅に準えて考えるという。

池上:身体的なものというよりは、もうちょっと環境というか、そういった…… 

石原:そうです。そういったところに拡げて考えようと思って。

池上:で、このビニールハウスっていうのも。これはビニールなんですか?

石原:それはガラスですね。

池上:ガラスですか。

石原:ガラスと鉄で造っている温室です。

池上:鉄なんですか。

石原:鉄とガラスっていうのが、そういうような近代建築の材料なんですよ。近代建築の典型的な材料で、サザエさんの歌(最後の歌)のところに出てくるような形の家を創ろうと思って。で、それの中に、透明のプラスティックで(できた)…… (ガラスだから)透明な家なんですけどもね。ですから、文化と自然の境界をできるだけ無くそうというようなかたちのものなんです。そこに透明のプラスティックでできた熊のぬいぐるみを入れるんですが、熊のぬいぐるみっていうのは、単純に野生の熊っていうのか、まあ「ナチュラル」(natural)、「ネイチャー」(nature)の状態なんですけども、それを普通の犬とか猫だったら、ペットにして家の中に持ち込むと。で、家の中に持ち込むにはすごいプロセスがある。熊の場合には野生の度合いが強いので、ペット化することが不可能なので、そういうかたちでぬいぐるみ化するというところまで去勢するんですよね。単に去勢した状態では文化は発することができなくて、文化化するために、熊だったらぬいぐるみまでもっていかないと、家の中に安全で可愛いものとして持ち込むことができないと。そういう「ナチュラル」(natural)な野生の熊と、ぬいぐるみの熊っていう、対比みたいなものの中で、文化と自然の対比みたいなものを―まあ、すごく記号的なんですけども―そういうものとして置き換えて、家の中に透明の熊のぬいぐるみを一杯詰めていく。去勢されたもので溢れている。満載して溢れているんだけども、全部透明なので、壁も透明だし、中に詰まっているものも内容物も外の壁も透明な状態っていうのを―そのぬいぐるみ自体もプラスティックの皮膜でつくられていますので―中はがらんどうですので外側の家と同じ構造を持ったものがぎっしり詰まっている。で、よく見ると、熊は2種類あって、一応それが男女のように見える。

池上:あっ、そうなんですか。

石原:実は、1種類のように見えるんですけども2種類あるんです。若干大きさが違ったりとか、片一方が手を挙げている角度が違ったりとか。(笑)

池上:この作品を発表された時、絵画、彫刻ときて、次に建築的な外観といいますか。

石原:そうですね。

池上:そういったところにちょっと―先ほど環境とおっしゃられましたけども―そういったところにも突っ込んでいきたいという話があるんですが。例えばこういった作品を展示される時に、外側で見ている観客といいますか、そういったものの要素というのは何かお考えのところとかありますか。

石原:うーん、ですから中に入れないということですよね。家でありながら中に入れなくて見るしかない。遠くから眺めるしかない。透明なので全てが見えているようで、でも中に入ることができない。そういうかたちにしようとしたんです。ですから、ある意味では「視る」っていうことに限定することで、観客がすごく、外に放りだされるというか疎外されるような状態。で、美術っていうものの中にも実はそことさっきが繋がっていくんですけども、触ることができないっていう結果、ある種の疎外が起こって、「視る」しかないんです。「視る」しかないという状況の中で、文化っていうものが成立させている状態みたいなものが、ヴィジュアル・カルチャーの、特に美術のある種の特徴なのかなぁと思って。

池上:もうひとつこのシリーズで、この熊とかの次に、実際に中に入られて椿昇さんとか森村泰昌さんとか一緒に、中であれは―何と言うんですかね、声が外に、こう…… 

石原:そうですね、声だけがその環境の中で放送されていたり、実際流れていたりっていうものですね。

池上:どういったことを話されていたんですか。

石原:いや、たわいもない話だったりするんですよね。

池上:どれくらいの間、中に(おられたんですか)、何時間とかですか?

石原:何時間とかですね。森村さんたちとやった時には、小学校の跡地(元龍池小学校、京都、1995年)でやりましたので、その小学校の始業時間から終業時間までの、1時間目から6時間目まで、っていう間のセッションになってまして、朝から夕方まで。

池上:休み時間とかは。

石原:休み時間は校内放送的に、それぞれが選んだ曲を流すっていうような。

池上:その時に外に出られたりとかは。

石原:その時に1回途中でトイレ行きましたね。

池上:ありゃりゃりゃ。

石原:実際にはドアがある訳ではないので、ガラスを外さないと出られないんですよ、密閉されているので。視覚的には密閉されたような状態になるので。ビスを全部外して、ガラスをいちいち外さないと出られない。

池上:はぁ、えっと、中からご自身で。

石原:いえ、外から人に閉めてもらうんです。中に人が入った状態で密閉してもらうような。ちょっと、脱出マジック的なものも入れたかったんですけど。(笑)

池上・牧口:(笑)

石原:僕のイメージの中だけです。それを人に伝えようとは思ってないんですけども。近代の、例えば鉄・ガラスの彫刻というのと同じように、脱出マジックというのも僕はちょっと好きで。いわゆる脱出マジックですね。フーディーニ(註:ハリー・フーディーニ/脱出術を売りにしていたマジシャン)とかそういうのもすごく近代的な感じがするものですから、そういう要素も入れたかったので。演者が外側からビス止めされて閉じ込められるというような状況をつくり出したかった。

池上:その熊のシリーズは、《文化住宅−去勢》で、さっきご説明いただいた内容で、その中に実際入っていたのは、―《文化住宅−対話》という(名前ですか)。

石原:そうですね。

池上:それで今度は声だけ流されるのは、ただその中にいらっしゃって、会話されているところも、まあ外から見えるような状況なんですけれども、その対話というか声だけを流すのは、そういう風にされたのは、熊あたりとどう関わってくるのでしょうか。

石原:視覚的な内容無くして―言葉で延々内容があるんですけど―視覚的には内容が無い。視覚的には無内容であるという、視覚的に表現しきれないものっていうのを。まぁ音声ですから当然できないですけども…… もともとその、目に見えないものを見えるようにするというのが、美術の本質的な使命で、さっき脱出マジックと言いましたけども、そういうマジカルな見えない精神的なものであったり、何か見えないものを視覚化するというのが、美術の一番よく言われるように、大事な役割というか、マジカルの役割だと思うんですけどね。それと敢えて美術のことについていろいろ考えている時に、当たり前に見えないものは見えないまま提示してやってみようと思ったんです。だから視覚的にしなきゃ本当は見えないものっていうのを、声っていうのを視覚的に―音楽を例えば絵画にするとかいうようなかたち、音楽的なものを絵画にするようなかたちもあるんですが―見えないいろんな、延々としゃべっている雑談というのはそのままに置いておいて、無内容なガラスで出来た箱があって、本当に微かですよね、無内容で透明なものですから何も無いに等しいのですが、その中でぎりぎりで何か美術作品として、展覧会として成立するようなものにしたかった。

池上:そのかたちをできるだけ提示するということですね。

石原:一見、形態は建築的なかたちなんですが、あまり建築についてのことではないんです。文化的な枠組みとしての美術館とか、展示っていうようなことについての作品なので、それまでの作品の彫刻についてとか、絵画についてやっているものは、割と形式的とか形体的な部分が中心なんですが、この作品では建築の形式的なことっていうのは殆どないんですよね。

池上:このプロジェクト辺りから、そういう風に作品の先生の中での枠組みというのがちょっと違うスタンスになってくるように思えるんですけども。見えないものを見えるようにするというのは、勿論、伝統的なイリュージョンの問題とかいろいろありますけども。特に戦後、京都辺りですと京都アンデパンダン(京都市美術館)で河口龍夫さんとか、特に現代彫刻の方で見えないものを可視化するというか、そういったテーマは特に彫刻の分野で取り組まれていたような気がするんですけども、そういったところについては。

石原:あまり直接つくっているときは意識していないですけども。たぶんそういう関係を作品の中心をおいておられるような、そういう作品は、やっぱり自分たちがギャラリーを回った最初の頃の現代美術体験の中で、すごくいろんなものを見たんだろうと思います。

池上:特に多かったですよね、60年代70年代、植松奎二さんの(作品)もありますし、そういったものをご覧になる中でそれを考えていかれた。

石原:そうですね。それは直接的に考えてなかったんですけど、そういう影響は、美術の、ごく最初の頃の現代美術の体験の中にすごくあると思いますよね。影響はあるんでしょうね。

池上:そういったとこから次は、点字のシリーズ―見える見えないという関係は勿論ですけれども―触りたいけど触れないという、あるいは点字を知らない人は触っても分からないということですよね。こういった点字シリーズに転換された、そもそも具体的な動機というか、発想、着想というのは。

石原:もともとの発想はですね。最初この作品は、ヴィジュアル・アートでつくろうとしたというより、小説から始まっているので。最初にその《美術館で、盲人と、透明人間とが、出会ったと、せよ。》っていう、まあデュシャンの遺作の日本語タイトルをもじったようなかたちのタイトルなんですけれども。盲人っていうものだけを対象にするんじゃなくて、盲人と透明人間という、互いにものすごく遠い存在でありながら、だからこそ理解し合える、というようなものですよね。盲人と透明人間というのは実は普通にコミュニケーションがとれる。盲人と晴眼者はコミュニケーションがある種とりづらくて、透明人間と晴眼者というのは、見えないのでコミュニケーションが非常に難しい、っていうような設定をつくりまして。で、盲人と透明人間というのは、互いにすごく普通に、最も遠い存在でありながら、分かり合えないという上での理解し合える状態っていうものを考えたんです。で、それはもっと前の例えばその《KIT》という作品の時にですね、その時にテキストで《I. S. M. Kit》(1991年)の―《Kit》というのは販売している作品なんですけれども―それに説明書と組立図が付いてるんですが、説明書の中に奴隷と主人の話が書いてあるんですよ。で、単なる消費者には、消費者というか大衆には、その関係は理解できないけども、主人と奴隷というのは交換可能なのだと。なぜならお互いに共通の価値を持っているから、お互いに交換することが可能なのだという文章を、その中にごく短く最初に付けたんですね。で、それがあってから説明―ここに最初にあるんですけども―それから設計図があって。で、誰が主人―別に作者が主人だって言う気は全くないんですよ―ただその交換可能な関係というものと、傍観するしかないというような、そういう関係を−−極端なものを設定して―何か考えようとしてたっていうところは、その後の「盲人と透明人間》(《美術館で、盲人と、透明人間とが、出会ったと、せよ。》1993年)というのと同じような感じで考えてるんです。片一方は(透明人間というのは)見るしかない存在で、盲人というのは、この中では見られるしかないという存在という設定で、美術館での出来事として書かれているんですけれども。純粋な観客と、純粋に見られるもの、という関係を書こうとした。

池上:小説という形態については。

石原:ストーリーというのは、今までの作品の中では、やっぱりナラティブなものというか…… ストーリーというのは作品として表現するのはとても難しいというか、むしろそれはやらないようにずっとして来ましたので、そういうストーリーの形式を借りて何かをしようとした時に、それはヴィジュアル・アートではないかもと思ったんです。映画とかタイムアートの中でできると思ったんですけども、小説が良いなあと思ったんですよ。だからこの時は、単純に恋愛小説の形式を採っているのですが、盲人と透明人間の恋愛小説っていう、出会ってその瞬間に解り合えるので恋に落ちるというような話なんですけれどね。どこで、というのは美術館で、というお話なんです。ですからこれはストーリーのモデルになっている典型的な恋愛小説みたいなものをモデルにしてるので、ハーレクイン・ロマンスみたいなものを設定してるんですよね。枠組みとしては。よくあるリゾート地で見知らぬ男女が恋に落ちるパターン(笑)。

池上: ビビッと来る(笑)。

石原:そうです、そうです(笑)そしてその場所としてリゾート地が設定されることが多いんですけれども、そういうようなパターン。

池上:特殊な空間というか、非日常というところですか。

石原:はい。その中でそれをリゾート地の代わりに美術館にして、盲人と透明人間という設定にして、ストーリーを書こうと思ったんです。

池上:逆にコンセプトの展開の中から、表現する媒体として、文章で表現しようというとこから書かれて。で、それからまた文章というところで点字を使われたというか。

石原:それも関係があります。でも、何よりこの時考えていたのは、翻訳っていうことなので。

池上:翻訳ですか。

石原:翻訳という考え方なんですよ 。で、やりたかったことのひとつは、視覚と触覚の間を繋ぐために、翻訳っていうやり方はできないかなと。視覚から触覚へ翻訳する、触覚から視覚へ翻訳するということを考えてまして。視覚性と触覚性の間を繋ぐものとして、翻訳という考え方を持ってこようと思ったので。墨字、点字という翻訳を単純にそこに当てはめてみるんですよ。

池上:その中の文章というのは、テキストはどのような。

石原:テキストは、いろんなパターンがあります。絵画についてのことを書いている作品が最初の頃にありまして、別のシリーズでは色について―色って非常に視覚的なものなんですけども―色っていうことについてだけ書いているシリーズもあります。あと、長い文章のものはラブレターを、まあ恋愛小説なのでラブレターを設定して、ずっと何通か書くというようなかたちで、書く作品があります。

池上:この点字のシリーズといいますか、点字を用いた作品で、一番大きな作品というのが、キリンプラザ(大阪)で最初、発表された《世界。》(1996年)ですね。

石原:《世界。》ですね。はい。

池上:あの作品が非常に今でも代表的だというか、一番大きなインスタレーションの作品として、皆さん思ってらっしゃると思うんですけども。

石原:そうですね。

池上:あの作品は、下に真鍮版を並べて、その真鍮版に点字が書いてあって、で、あの天井からシャンデリア(マリアテレサ型)を吊っているという、作品ですね。この作品、えっと、これですね(展覧会図録を広げながら)。この作品について、まずシャンデリアを使われた、あるいは真鍮版を下に敷き込むという、これは上に、観客が靴を脱いで、上に上がってくる作品ですね。

石原:上に上がるということです。で、磨いた真鍮版っていうのは、ひとつは単純に鏡面の効果ですよね。で、ここに鏡面的なものが、鏡があるっていう、床に鏡があるっていう状態をつくりたかったんです。でその、鏡面の上に点字がある。で、鏡面というのはものすごく視覚的な対象なんですけど、見る対象なんですけどね。非物質的にそこにイメージが現れてそこを見るというようなものなんです。で、シャンデリアっていうのは単純に光りのアナロジーというか、光をあらわすもの。文明の中で光をあらわすものとして、これが人工的なある種の太陽だというふうに考えて、下にある世界を照らしている、地面と太陽っていうふうなかたちの作品ですね。で、シャンデリアである理由はもうひとつは、ここに映るシャンデリアっていうのは、シャンデリアがひっくり返ったかたちで映るんですけども。それは前にも、いつもこの作品を説明する時に言うんですけど、このタイプのシャンデリアがひっくり返ると、キノコ雲にそっくりなんですよ。ひっくり返すと。で、ここでキノコ雲と太陽が上下で繰り返される。太陽であり、映ったものがキノコ雲であるというふうに繰り返されるように僕には見えてて、それは原爆っていうのが人工的な人間がつくったカルチュラルな太陽だと、人工としてのアーティフィシャルな太陽だというふうに考えてまして。ですからそこで、美しい太陽、美しく人間が光を表現したものと、非常に禍々しいかたちで、もっとリテラルに太陽というものを、太陽のエネルギーも含めてつくろうとしたものみたいなのがここで繰り返されるっていうようなことを、そういう光の表現をこの中で考えていったわけです。実際にはここで、インスタレーションの中で人が靴を脱いで歩いて、点字を自分は非常に触りに行かれるんですけど、触りに行かれた時っていうのは、視覚的なものはみんな頭の中にあんまり無いんですよ。自分の姿が下に映っていることをその瞬間忘れておられて、そこで触っておられるんですけども、実際には外から観てる人を見ると、外からその空間を見ると、上からのシャンデリアの光で眩く照らし出されていて、下からも反射光でものすごくその人はライトアップされてる状態なんですよ。ですから、観に来たはずの人が見られる対象にそこで転換する。そこで、盲人と透明人間とがひっくり返るっていうような構造を持った装置にしたかったんです。それをひっくり返すきっかけになるものが光であり鏡でありっていうかたちの作品を、インスタレーションとしてつくろうとしたのがこの作品なんです。それからその中では、触りにいくっていう触覚性と、触りたいってみんなが―まぁ点字の作品で僕にとって一番重要なのは、触りたいっていう欲望なんですよ―触りたいっていう欲望であって、内容が何かということを伝えるのにあんまり興味が無い、実は無いんです。仮に何らかの内容は書いてますし、そこの中には、自分なりの思い入れはありますけど、そこではなくて、解りたいという欲求が観客の中に起こること、ここに来た人の中に起こることが何よりも大事なんですよ。触りたいという欲求にとらわれた人というのは、見る欲求が減退するというか、その時に映った自分というのは―よくスカート履いた女性とかも入ってこられるんですけど、それ(映っている自分の姿)を見るという欲求―そこ(映っている自分の姿)に非常に不注意になってしまうというような。映ってる自分を意識した人は、急に恥ずかしくなって退きたくなるんですけども、触りたいって欲求がそれを超えて触りに行かれると。靴脱いでここを踏みたいとか触りたいっていう、触覚への欲求がやはりすごく強くなると思うんですけれども。そういう触覚性と視覚性がここでごろっと入れ替わることで、別の、普通の美術館での視覚体験とはちょっと違うことが(起こる)。

池上:こちらの(栃木県美術館での個展の)カタログで、カラー図版であるんですけれども。石原さんが立っていらっしゃって最後の方ですね、えっと、これですね。これなんか、ほんと外から見ると、鏡ですよね。全く逆さまに中に立ってる人の姿が映り込んで、ある意味外から見ていると、床が無いと言うとあれですけども、ちょっとこう不思議な状況が、端から見ると起こってますよね。

石原:そうですね。はい。

池上:ただ本人が意識の上で、そのイメージを見ているか見ていないか。

石原:本人の気持ちはそうです。点字にフォーカスしてると、映ってる自分の像っていうのはあまり意識しなくなるんです。

池上:逆に(自分の姿が)見えると、ちょっと退いてしまったりするわけですよね。

石原:ですから、心理的なフォーカスのあり方が、視覚と触覚がそこで、その人の中で実はそういう欲望が入れ替わっていく感じっていうのを、実際に見てる人はそれをあまり細かく微分して見ることは無いと思うんですけども、僕の中では割とそういうふうな、それが切り替わる瞬間みたいなものが、みんなの中にどこかにあったり、というふうになればいいなと思ってつくっています。

池上:そういう転換とか、一種の感覚の「翻訳」というとまたちょっと違うかもしれませんけれども。そのスイッチの切り替えというところですね。そういったところが―このインスタレーション、非常に展示は、展示というか設置するのは大変なんですけども―非常にシャープに出ている作品ですよね。

石原:そうですね。何かこれで、その中でまた下(真鍮板の点字)が、言語的なものなので。点字というのは不思議なもので、見ると皆、それがどこの国の人でも―内容は万国共通じゃないので、点字というのは日本語の点字ですから―それが点字だということが解る、皆さん誰にもそれが言語記号だということは伝わるので、ここに意味があるということは解るんです。下にすごく意味に満ちた世界が、光のもとに照らされているという。

池上:実際のテキストとしては、どういったことが。

石原:いわゆる散文なんです。自分が絵画についてとか、見ることについて書いたいろんな散文が1行ずつ。

池上:繋がっていたり、並べる順番があったりとかは無いですか。

石原:それは、そういうことは無いです。はい。書いてる時に繋がってるものはあるんですけど、わりとバラバラにランダムに配置してますので、読む中で繋がるということはないと思います。ただ中央ではいつもその、真ん中のこの真下ですね、シャンデリアの真下には、その、「世界。」って書いてあるテキストが中央にあるということだけ決まってて、他はもうみんなランダムに配置することになってます。

池上:これはやっぱりその、石原さんにとってはひとつ大事な作品ですね。

石原:そうですね。点字でやろうとしていることが、光の要素も含めてつくれているのは、これがそうですね。他の作品では、光はナチュラルにその場のライティングとして見える光でつくってますので。

池上:作品の中に光を入れ込んでいるというかたちですね。

石原:そうですね、最初につくった作品からずっと、その場の光の状況っていうのはすごく作品の中で大事なので。僕にとっては。

池上:《世界。》では本当に影が消えているというところが非常に印象的ですね。一番最初の《Falling Body》(1982年)では、影をつくろうとしていた。

石原:影をつくろうとしていた。

池上:そういったところが作品のシリーズの形態が変わってきても、ずっと一貫して、何ていうんでしょう、断続的にまた繋がってくるというか。

石原:そうですねぇ。

池上:そういったところを非常に感じますが。あと《世界。》の作品で、見ている人の姿が映るというか、そういったところの関係からいきますと、もうひとつ石原さんの代表的なシリーズとして、写真のセルフポートレイトのシリーズがありますよね。一番早いものがカンヴァスのもの。

石原:そうですね、それがその前の。

池上:その前の。

石原:その前の、写真の、今も続いているシリーズの。

池上:モノクロのですね(《Untitled》1985年)。

石原:そうですね。美術館で(撮影した作品)ですね。これが一番古いと思います。

池上:これ国際(国立国際美術館)と。

石原:そうですね。国際に今、あります。

池上:あと植物園ですかね。

石原:そうですね、あと植物園と天王寺動物園です。

池上:あぁそうですか。植物園はどちらの。

石原:植物園は京都の(府立)植物園ですね。

池上:はいはい。

石原:今はもう、この温室は無いのかもしれないですね。ここのところ行ってないから分からないですが。ですからガラスと鉄という近代的な建築という意味で温室をやりたかったんです。で、天王寺動物園ですね、あとは。

池上:これは、ご自身のピントが非常にぼけて、あるいはシルエットみたいなかたちになって、そのバックに非常に文化的なものを見るための施設が。

石原:スペクタクルの装置ですね。スペクタクルの場所というか、装置を背景に置いて、その前に記念写真みたいに、観光名所みたいなかたちで、記念写真みたいに撮影するというのが、(このシリーズでは)基本的にはそういうふうにつくってます。構造としては。ただ、その時にピントを観光に来た人に合わせるんではなくて、背景の見られる対象の方に合わせようとしているっていう、それだけのすごく単純なことをやっています。

池上:ただ、この作品はもちろん普通にご覧になったお客さんは後ピン(注:合わせたい部分より後ろにピントが合ってしまうこと)でありますとか、あとそういうピンぼけ、それで結構にやにやと(笑)してみなさんご覧になるんですけども。あの撮影をされている時に、私一度立ち会わせていただきましたが、非常にご自身の立ち位置がカメラの真正面というか、非常に近い、それでものすごく離れたバックにショーケースや作品があって、撮影されてる現場を見ますと、何て言うんですかね、記念写真のちょっと失敗というようなかたちではなく、非常に計算されて、距離とかつくり込まれている印象を受けました。

石原:そうですねえ、距離はかなり、そうですね。

池上:あと、いろんな表情されてますが、あれもかなり極端につくられてますね。

石原:そうですね。

池上:口を開けられてたりとか。なので作品として見ると、こういった作品(《Untitled》1995年)なんかも、面白いんですけども(笑)、つくっておられる時は非常に…… もともとこういった作品は1985年から、それから次が98年と99年のキリンプラザの時ですね、あのカラーバックの時ですよね。

石原:そうですね。

池上:それから、こういったまたヨーロッパとか日本の美術館シリーズ、動物園シリーズ、それから二条城と続いてくるんですが。このシリーズは非常に期間が長いといいますか、ずっとつくり続けられているものの一つだと思うんですけれども。この写真のシリーズの石原さんの中での位置付けといいますか、ちょっとやっぱり特別なんでしょうか。

石原:うーん。特別というか、割と自然にできるんですよ(笑)。

池上:自然というのは(笑)。

石原:自然にできるというか、やり易いんですかねぇ。いつもどちらかというと、つくり込んでつくる作品が多いというか、余計なものをがっちり省いていってつくる作品が多いんですけども、この作品は、やっぱり写真というのは僕の一番基本的なメディアで、それをほんとにストレートなフォトグラフィーでやってる仕事っていうのが、今はこれだけになるんですよ。やっぱり自分のスタートラインとして、ストレートなフォトグラフィーというのが僕の基本なので、そこの部分で一番自然にできる仕事なんですね。ですからこの仕事は今となっては、やり始めた当初はそうじゃなかったんですけど、今となればこれデジタルでやればなんぼでもできるんですよね。(笑)ピンぼけの状態もなんぼでもつくれますし、合成もできますし、背景だけ、いろんな場所行って撮っていればいくらでもできるんですけど、やっぱり現場に行ってアナログで撮るっていうことは未だにずっとこだわっている部分というか、作品の中でそこは絶対守らなきゃいけない部分なんですけれども。

池上:そうですね、特に本当にデジタルの一眼レフが近年手に入り易くなって来てから、ぐっとやっぱり写真―まぁ一般的な話ですけれども―そういうアプローチといいますか、作品のコンセプトなり考え方なり、非常に変化して来ているような感じなんですけれども。石原さんはもともとこの写真が一番基本的な自分のフィールドであってっていうのをおっしゃってたんですけども。写真作品をずっとつくり続けようと思わなかったんですか。

石原:写真作品ねえ。

池上:例えば現代美術の写真の作家の方、まあ沢山いらっしゃいますけども、ある種、写真家としてと言いますか。

石原:いやその、写真の作品は好きですし、自分でも写真が自分の仕事のベースになってるとは思うんですけど、僕自身が興味があるのは、写真によって―まあ作品の中で、結局そうだったんだろうなと今になって思うことですけど―写真によって突然現れた近代的な眼差しというか、近代的な枠組みですよね、それと何かそういうものがすごく面白くって、そういうものと近代的な美術とか美術館の枠組みとか。

池上:制度的なものですね。

石原:そうです。そういう制度的なものと、技術的なものと内容的なものが、こう、ぐっと一致して何か近代の視覚的なものができていったという、そういうことが興味の中心なんだろうと思うんです。

池上:うん。最初はモノクロ、ゼラチン・シルバー・プリントですよね。で、撮っておられるのが、シルエットになると一種の穴みたいに見えたりしますけれども。それが最近の(作品)、これは非常に大きいですよね、引き延ばしをされて。この大きさの変化とか、あるいはカラー、Cプリントにされたのは。

石原:大きさはねえ。特に見る人の感覚なんです。ですから、さっきの点字の作品とかも一緒なんですけど、見る人にとったら、ぼやっとぼけてるものは、―まあ僕の頭の中でですけど―ぼやっとしてると、離れててぼやっとしてると、何となく近づいていくんですよ。で、ぼけてるのって、近づいていけば近づいていくほど、回りの風景はシャープにどんどん合ってくるんですけど。近づけば近づくほど中心のところはボーッとぼけていくんです。その時に僕はちょっと目眩が起こるんですよね。自分の作品でもじーっと見ながら、距離を変えていくと目眩が起こると。で、目の前まで行って視野が全部それに覆われた状態になった時、ちょっと変な感じになるんですね。感覚的に。それがすごく好きなんです。ですから、視野を全部覆い尽くすサイズが作品には欲しかったんですよ。それが最初に作品を大きくしたきっかけなんですけれども。映画的に視野を広げたものですね。特にパノラミックな感じですけれども、それが見てる中で欲しかったんです。で、僕としては、見てる人が、遠いところから、展示室の遠いところからどんどん近づいてきて、その視野を覆い尽くすまで(近づくというような)、距離の感じをその作品の中でつくりたいので、だから大きさがどうしても必要なんですよ。で、それは、こうして図版とかで見てても絶対解らない感覚なんで、現場で現物を見ていただくしかないことなんですけども。

池上:あともうひとつ、絵画とか彫刻に関する仕事、皮膚とかですね、その存在、界面的な話をお聞きしてましたけれども、これではすごくご自身の境界はぼやけているようなですね、そういったところの繋がりというかですね。

石原:そうですね。フォームを曖昧にしたいというか。

池上:他の仕事はフォームをむしろシャープにきっちりつくられるお仕事ですが。

石原:自画像についてというか、セルフポートレイトについてはね、フォームを曖昧にしたいんですよ。変形の可能性を見せたいんですよ、要はね。ですから、初期の作品なんかでも、こういう時はブレを使ってるんですけれども、結構ブレてて、であとの作品は全部ぼけてるんですけれども、自分の像、自分のフォームを確定させたくないというか、自分を変形させたいっていうのがすごくあって、ですから初期の作品でいろいろ絵の具で塗りつぶしたりしているのも、自分の体のフォームを変形させる可能性みたいなのを、何かつくれればと思ってるんですけどね。

池上:前回の話で、特にあのアーネスト・サトウ先生の話とか、講義のお話があったんですけども。そういう自分と自分の外側の世界と、その内的要因と外的要因の動的な変化の中で、いろんな表現なりフォルムなりが変形していくというか、変わっていくというような。そういった、もちろん美術のあり方も表現自体も変わってくるというか、そういう何か変形する自分といいますか。そういったところに非常に興味を…… 

石原:そうですね。それはすごく大事ですね、僕にはその自分が変形可能であると思うことで、何となくすごく勇気が出ると。

池上:でもあの、失礼ですが、御家業の座敷机の、ああいったものっていうのは、何と言うんですか、ある意味職人さんのお仕事っていうのは(そういう考え方とは)逆ですよね。

石原:そうですね。

池上:変形してはいけないというか、職人としてきちっとこう、しっかりした軸をもって仕事をする、ブレが無いという、そういったお仕事と対照的に…… 

石原:その、対象になる物質というのは、ある程度物質の枠がありますので、何らかのかたちで固定されざるを得ないんですけれども、なんか自己のイメージというか、セルフイメージみたいなものを、結構流動的なものの中に放り込めたらいいなぁという、そういう憧れがあるのかもしれないですけど。そういう感覚があるんです。ですから長い期間でいうと、自分はやっぱり小さい赤ん坊のところから大きくなっていって、年老いていってどんどん変形し続けていっているんですよね。だからそれにもかかわらず、セルフイメージというのは何か自分という固定されたものというふうに、ついつい考えるんですけども、まあ内容的に成長してるとかそういう問題だけではなくて、実際にフォームとしてどんどん変わる可能性があって、それでもセルフイメージというものはどっかで保っちゃうんだと思うんですよ、人間は。ものすごく神経質にセルフイメージのセルフを把握できると思うので。そういう変形の可能性をいつも持ったものとして、身体とか、自分というものを考えたいなぁと思ってるんですけどもね。

池上:なるほど、そうしますとあの、ちょっと立ち入ったお話なんですけれども、環境の中でこう、いろいろ変わっていくということなんですが、石原さんは松井智惠さんと《Mission Invisible》というようなコラボレーションのお仕事とかもなさってるんですけども、松井智惠さんとのご関係といいますか。

石原:まぁ今はちょっと作品のことに限って話をしますけども、彼女はすごく―僕が学生の時からそうなんですけど―自分が傍にいて、すごくこの人の仕事は面白いというか、すごく面白いことをする人という認識が最初にあるんです。ですから何人もいる学生の時出会った友人の中でも、最もすごく面白い仕事をする人だというようなのが、まずあります。ですから今でもずっと変わらず仕事の上では尊敬できる作家ですね。で、ずっとその仕事を見て、自分とは全然違うんですよ、何より。もう、考え方とか全然違いますし、美術に対する考えも違えば、作品をつくるつくり方も全然違いますし、とにかく全然違うことをする人なんですよ。

池上・牧口:うーん、なるほど。

石原:《Mission Invisible》っていうのは、ほんとにたまたま、一緒にやりたくってやったというよりは、キヤノンのアートラボというプログラムの中で何か―たぶんキヤノンさんも、エンジニアさんも含めたコラボレーションのチームで何かのモノをつくりたいと思ってらっしゃって。個人の作家に頼むと、やっぱり、どうしても作家が中心でやってしまうので、作家も複数にしてしまうと、何となくそのプログラムだけの別の独自の作家性、作家というものをつくろうとしたんだと思うんです。ですから、そこの中で生まれたプログラムなので。

池上:その中では、いろいろミーティングをして、作品のつくり方とかを決めていくということですか。技術的なところを含めて。

石原:そうですね。ですから、小説とか点字に繋がる言葉を使おうと思ったのはそのプログラムの時に、初めてそうしたんです。

池上:あの刺繍をされたりとか。

石原:刺繍やるのもそうですし、その前に《Mission Invisible》の、ものすごく大きいテキストを読むための、カメラが動くロボットですね。カメラが自由に―まぁこっちでコントロールして動かすことができるんですが―あれは絵画鑑賞装置というものなんです。絵画鑑賞ロボットというのをつくろうとしたんです。絵を見るためのロボットをまずつくって、で、そこの中に何を見る、(ロボットが)見る対象に何を入れようかとした時に、テキストで書かれた絵画を(あるいは絵画を)テキスト化したものを中に入れようとしたんです。そういうことを何か、自分で考えたというよりは、皆のミーティングの中で出てきたものですので、いろんなかたちでミーティングする中で、最初は、今とは違ってコンピュータも全然一般的ではなかったですし、何ができるのかも良く解りませんでしたので。自分たちの―それは松井のアイデアなんですけれども―自分たちのイメージできるもので一番簡単なそういうものと言えば、その当時ワープロというものがあったので。

池上:はいはい。

石原:ワープロのように、人工的に絵画を生成させるプロセッサをつくりたかったんですよ。言葉を打ち込んだら、絵が出てくるようなものをつくりたいって、つくれないだろうかというアイデアだったんです。それをキヤノンの技術者の人に相談したら、それは無理だと言われて(笑)。そのような人工知能的なものは当時の技術とその場所ではなかなか難しいだろうとおっしゃられて。じゃあ逆に、言葉をロボットで読んでいったら、見る人の中でそれが絵画として生成していくようなものをつくれないかなぁと思って。で、そういうものを作ったのが《Mission Invisible》の作品です。

池上:そういう意味では、ずっと石原さんのされて来られている活動とはちょっとまた違う性格を持ちながら、でもまた点字の仕事とかにもこう。

石原:そうですね、でも、その仕事の時にすごくその、見ることとか、見ることの意味とか、見ることで何が起こっているのかというようなことについては、すごく考えましたね。自分の仕事に捕われずに済んだので、そのことをより考えることができた機会になってたと思います。

池上:むしろ何か、大学とか作家の方のお仲間とは違うディスカッションといいますか、そういった機会だったということですね。

石原:そうですね。

池上:う〜ん。なるほど。

石原:なんかほんとに絵画鑑賞ロボットっていうのは、もう突拍子もない考えなんですよ。そういう人工知能的なものではなくて、何か絵画を鑑賞するロボットを作りたいとか、そういうすごく子供っぽいアイデアですけれどもね。でそういうものと、言葉でできる絵の組み合わせで何かできないかなぁという、それだけのことなんです。

池上:何というんですか、突拍子もないというか、でもむしろ、そういったアイデアが出てくる背景にあるものといいますか、今の枠組みといいますか、そういったところが非常に興味深いなと私、思ってお聞きしてたんですけども(笑)。

石原:《Mission Invisible》の作品は僕にはものすごく思い入れのある作品なので、いろんなものが入ってると思うんです。ただ技術的に、当時の技術の中でやっていることなので。今だったらホームページの中で、そういうヴィジョンが作れるんですよね。何かこう、インタラクティヴなかたちで、そういうものの中へズームアップして、どんどん入り込んでいくような。ネットの構造自体そうですし、ひとつの言葉をきっかけにキーワードで検索かけたら、それから無数の言葉が出てきて、そこからまた別の言葉へ繋がっていってっていうような、奥行きがあるんですけど。当時そういうものを何か物質的につくろうとしてたので、ヴィジョンがどんどんズームアップになって移り変わっていくようなものですね。

池上:それでは、作品の話をいろいろ沢山お伺いしたんですけども、展覧会ですね。今までほんとに学生の頃から、沢山展覧会をなさってますし、個展もキリンプラザ(1996年)と栃木(栃木県立美術館、1998年)と西宮(西宮市大谷記念美術館、1999年・2004年)でなさってたりとか、あるいは国際展なんかもですね。近年も沢山出されてたりしますけど、一番印象に残っている展覧会とかはありますか。

石原:いや、僕にはですね、やっぱり自分の個展なんですけれども、大谷(西宮市大谷記念美術館)の個展と栃木の個展ですかね、やっぱり。あとキリン(キリンプラザ大阪)もそうですけども。でも展示としてはねえ、自分ではちょっと、大谷と例えば栃木で、両方とも美術館での回顧展的なかたちでやったんですけど、ちょっと違いまして。栃木の場合はある程度話し合ってはいるんですけども、山本さんに作品という材料を全部委ねて、山本さんの解釈ですべてを展覧会としてつくってもらったって感じなんですね。

池上:カタログもそういう感じですよね。

石原:そういう感じです。で、西宮の時はかなり自分で、空間をどうするかっていうことについてはかなり自分でコントロールしましたので。その中での完結した見え方というか、これがあってこの作品を見てからここを見て、ここでこういうことをして、こっちに行っていうようなことを全部、わがままにすごくやらしてもらったんですよね。

池上:どっかやっぱり空間の造りも、栃木はズバーンと大きい空間でというので、ちょっと空間の性質も違ってますもんね。

石原:違いますよね。で回廊的にぐるっと一周まわって、その中での経験みたいなものの中で、クリアに見えるものと逆に訳が解らなくなるようなものを自分の中に仕込んで、西宮の展示はやらせてもらえたので、その2つはやっぱりすごく印象深いというか自分にとって大事な展覧会です。それぞれの展覧会、みんな面白かったし大事なんですけどね。

池上:あといろいろ興味の幅の広い石原さんでいらっしゃるんですけれども(笑)、美術以外で何かご趣味とかございますか。これに今凝っているというような。

石原:いや、今は特に無いですけどねぇ。

池上:そうですか。昼間も大学でね。美術のお仕事で、制作もあるし。

石原:でも、できるだけ他の趣味を持とうとするというか、興味はいろんなものにあるんです。ですからその都度本を見たり雑誌を見たり、その都度の漫画読んだりというのはするんですけども。音楽聞いたり、漫画見たり、そういうことはするんですけど、結局それは全部美術に結びついているんで(笑)、僕にとっては。みんな美術の話として、美術の切り口で見てて、面白いなぁと思ってたりするので。だからいろんなもの見てる割には、ほとんど美術しか趣味が無いという気がしますね。

池上:今の大学での、後進のご指導されてるお仕事なんかも、非常に違和感が無いというか。

石原:そうですね。ただ、教える分とかね、研究的なことというか、そういうところでは全然違和感が無いんですけども、ま、雑務はいろいろありますので、当然ね(笑)。

池上:そうですね。(笑)

石原:そこのところは、ちょっと無理しないとできないところなんですけども、それ以外はできるだけ自分の切り口というか自分が美術に関わってくる、美術に対する切り口というものを、教えることとつくることとの間で変える気はないので。同じやり方で、同じ顔で接していくっていうふうにしたいですけれどもね。それは写真屋さんやってた時も同じで、美術を見る目としてはもう、変わりがないと思ってますので。

池上:写真屋さんをやりながら、大学院出て、非常勤でそのまま来られて、そのまますぐに、すぐにというか、そのままの流れで准教授になられて、ということですか。

石原:そうですね。でも(助教授に)なったのが40歳の時ですので、それまではもうほとんどフリーで、非常勤講師と写真と作家とっていう三足の草鞋でずっとやってきましたので。

池上:あの石原さんは油画の研究室でいらっしゃるんですよね。

石原:そうですね。

池上:写真あるいは構想設計というようなところではなく、油画というのはちょっと意外というか。

石原:あのね。そうですね。油絵にいるとね、技術的な指導はしないんですよ、僕は。

池上:ええ、他の先生方(笑)。

石原:見た目で言いますけどね。見た目で、この層の重ね方はおかしいとかいうことは言いますし、でもそれを技術的に解決するにはどうしたら良いかは言わないんです。解んないので。僕はもともと、やっぱり技術的に何か教えられるとすれば写真だと思うんですけど。でも僕はどこでも同じ、どこに行っても教えることは同じなんですよね。

池上:それが油画で採用されたというのは、なぜなんですか。

石原:いやぁ、それは僕には解んないですねぇ。ただ、先生らは皆よく採用したなと思いますけどね(笑)。

池上:私も打ち合わせでお訪ねするのに、「では、油画研究室で」って最初言われて、あれっ広いなぁと思って。

石原:いや、皆さんに聞いても、外の人に聞いてもね、皆、構想設計ですかとか言われてるんですよ。油画なんですよね。でも、ここの油画の研究室は非常に幅広い仕事を多くしてますんで。

池上:そうですね。

石原:うち、彫刻もそうですし、構想(構想設計)も油画もみんな幅広いので、割とそういう、他ジャンルの人も受け入れてくれる自由さがあると思いますので。

池上:大学自体もそうですし、石原さんご自身にとってもあんまり旧来のジャンルっていうものは、まぁ、問題が無い。

石原:そうですね。どれを見ても美術を見るという見方で、僕には何とかなるので、ですから、絵画独自のものも勿論あるんですけれども、でもそれはあんまり気にしたことがないですね。

池上:じゃあすいません、最後に、石原さんが作家活動を長くして来られて、その活動の中で一番大事にしておられることというか、軸になっている部分といいますか、そういったところがあったら教えていただきたいんですけれども。

石原:難しい質問ですね。

池上:まぁ今、変形するとおっしゃられた後なんで、何なんですけども(笑)。何かこれだけはという、哲学ではないですけども。

石原:何なんでしょうね。僕個人の興味というのは、新しく―新しいかどうか解んないですけど―価値っていうのがどうやってできてるか、どうしてこれが面白いと思ったり、これが価値あるものだと思うのかなぁというものに興味があるんですよ。だから自分で何かものをつくりながら、「あっこれはやめとこ」と思う時には「価値ない」と判断してるんですけれども。つくってて「あっこれは価値が出てきたな」とか。で、展示して、つくってる時の価値の出てき方と、展示の時の価値の出てき方がまた違うんですよ。で、それが他人にとっての価値の流通の仕方と、自分の中での流通の仕方がまた違ったりとかするので。そういう、何か自分の手でつくったものが価値を生み出していくというか、そういうことに面白味を感じているんですよね。そこの一番根源的な、手で何も無いとこから何かつくった時にある価値が発生するっていうか、その感じはいつも持ってたいんですけどね。ですから、何かこうパターンに嵌った、型に合わせて何かをつくって、そこで決まった通りに価値のルートにのせて何か見せていくという感じではなくて、なにか点字ってそういう感じなんです、僕にとっては。何も無い平面のところに、ポツって点1個付けただけで、価値が発生するんですよ(笑)。その点が、ここに点がある。それがなにか、何も無い平面の中で見るとすごい貴重なものにも思えたりするんですよね。それがいくつか並ぶと意味が発生して。で、そういうようなものを、価値が発生したり意味が発生する一番最初の現場みたいなものとして展示っていうものを考えているので。後はやっぱりそういうものをやる時に、何ていうんですか、それよりも油画で教えるということにもちょっと繋がりますけど、あんまりプロになりたくないんですよね(笑)。どのジャンルでも技術でも最初素人から始めたいんですよ。何かの技術のプロフェッショナルだと、それはそれでいいなと思うんですけど。最初に何かこう、価値が発生する現場みたいになっちゃう時に、素人の方が有利なような気がするんですよね(笑)。前やったものよりうまくっていうことをどんどん積み重ねていくんじゃなくて、はじめに何かがこう、点をひとつ打つとか、石を積み重ねて、最初に三つ積み重ねた時に「あっ彫刻ができた」みたいな、そういう感じなんですけども。

池上:ゼロから価値が生み出される、その、なぜなのか、という、その在り方というか、そういう部分ですね。

石原:そうです。そういう微細なことというか、最低限の誰でも出来ることを、最低限の動作でそういうのが発生する瞬間みたいなものが、いつも自分の作品の中になんか入ってて欲しいって思いますけどもね。

池上:牧口:はい、ありがとうございました。