ワークショップ
【報告】研究会:安岡健一氏をおよびして
2025年3月15日(土) 午後1時–3時
会場:大阪中之島センター、セミナー室6E
参加者:足立元、池上裕子、加治屋健司、菊川亜騎、中嶋泉、細谷修平、牧口千夏、宮田有香、山下晃平
報告:山下晃平
安岡健一先生(大阪大学、日本史研究)をお招きして、「オーラルヒストリーに関する研究・教育活動と今後の展望」というテーマで講演をしていただき、メンバーと意見交換を行った。安岡氏は、自身の農村史を中心とした戦後の地域社会の歴史研究について、また大阪大学で行なっている演習授業「オーラルヒストリー演習」について、最後に専門家との研究会である「オーラルヒストリー・アーカイブ・プロジェクト」を紹介した。
事例紹介では、例えば「コロナと大学」をテーマとした学生への聴き取りのように、未来を見据えてとにかく記録することの意義について語り、その際に聴き取りフローをまとめた動画制作や市民への説明方法、覚書の内容や著作権について、そして聴き取りの姿勢やデータの保存方法について説明した。また安岡氏は、オーラルヒストリーは公的機関だけではなく、パーソナルに行うことにも意味があること、またオーラルヒストリーと研究倫理審査との関係も考える必要があることを指摘した。続けてオーラルヒストリーのためのメタ・データ作成や「Shared Authority」という理論を取り上げ、歴史を描くことと主体との関係や歴史資料の共有とデジタル化について論じた。
講演後はメンバーと意見交換を行なった。足立からは、聴き手としてまた書き手としての技術的な難しさについて、また中嶋からは年齢や立場の異なる人へのインタヴューにおいて、対話や拝聴に陥らないような語り手と聴き手との良好な関係作りについて質問があった。安岡氏は、教科書的な資料を残すことは難しく、むしろ失敗も含めた記録作業と資料そのものが残されることが重要であると述べた。また学生への演習経験も踏まえ、改めてオーラルヒストリーは対話的なものではなく、完全な精度を求めるものではないことを強調した。牧口からは、メールのような新たな文字資料の可能性と信頼性について質問があった。安岡氏は、歴史研究では書簡や断片的な手紙、個体が残した資料がむしろ重要であり、書き起こしもメールのテキストもまた等しく価値があるのではないかと述べた。関連して山下や細谷からは、書き起こしの文章の精度や修正による元データとの関係性について質問があった。安岡氏は、書き起こしについては可読性と正確性を重視しつつ、語り手と聴き手との協働によってなされる質もまた大切ではないかと述べた。また複数のデータが生じることは歴史研究でもあり得るため、公開された資料をどのように扱うのかという意識共有も含めた研究者側の姿勢も問われていると述べた。加治屋からは、美術領域ではオーラルヒストリーのメソッドがまだ十分に活用されておらず、この方法論を普及していくための手段について質問があった。安岡氏は、歴史研究ではむしろ戦後や同時代のインタヴューの実施や資料の共有化が十分には進んでいないと感じている一方で、アメリカの歴史学協会では1980年代に資料としての採用基準にリポジトリ化された聞き取り資料を含む動きが既にみられると述べ、引用文献に対する研究者の意識の問題について言及した。
今回の研究会では、歴史研究領域におけるオーラルヒストリーの実践を伺うことができたことで、これまでの活動における課題や疑問点をメンバー間で共有し、検討する貴重な機会となった。安岡氏からは、農村などの地域研究ではむしろ文書が全くない場合もあるため、戦後日本美術のテキスト化はむしろ進んでいるのではという評価もいただいた。またオーラルヒストリーの活動に際して、学生による聴き取り経験も踏まえると、個人情報や著作権の取り扱いについては国際的な動向にいっそう注意していく必要があるという示唆もいただいた。今後も、他領域のオーラルヒストリーのメソッドを学びながら、方法論や普及活動について検討してきたい。